「コンドラシンは語る」より ウィーンの聴衆 1
わたしはここ数日ウィーンから戻ってきたのですが、とても落胆しています。その訳ですか? 誤解しないでいただきたいのですが――それは演奏が失敗したからではないのです、、、。
ウィーンへは三年前からオーケストラとともに訪問しています。わたしたちはマーラーの交響曲第九番を演奏しました。それはとても大きな反響を呼び、その演奏によってわたしは一年後にマーラー協会から大きな金メダルを贈られ、特別なはからいで、大使館での授与式がありました。
その年の秋には最後の出演曲目を決める際にオーケストラ招聘元の興行主に頼まれ、わたしはマーラーの交響曲第一番を演奏曲目に入れました。二度も同じ作曲家ではバランスを欠くと思ったものですから、ウィーンではマーラーは外しました。ウィーンのプログラムは、わたしの観点では、とても注目に値するものでした。ペルト(音楽語法に現代的手法を使うエストニアの作曲家ですが、西側ではわたしたちのところにはその手の学校はないと思われています)の「ペルペトゥーム・モビーレ」、チャイコフスキーの――ヴァイオリン協奏曲をジュークの演奏――これは評判のためです。第二部では、バルトークの「弦楽、打楽器とチェレスタのための音楽」とラヴェルの「スペイン・ラプソディー」です。プログラムは、わたしの観点では、バラエティに富んでいて興味深いものでした。
わたしたちはウィーン訪問までの一日、ブラティスラフでこのプログラムを演奏しました。言わなければならないのは、まったく驚くほどの効果だったということです。このコンサートに居合わせた並居る音楽家、作曲家、活動家の、とくにバルトークの音楽に対する、反応[注目]は熱狂的なものでした。お祭りのような騒ぎです。