「コンドラシンは語る」より アイザック・スターン
そう、スターンがわたしに影響を与えたことは疑いありません。わたしたちは何度も会いましたが、わたしは彼がはじめて登場したときのことを覚えています。1956年に彼がやって来たときは、彼の伴奏をして[ソヴィエト]国立交響楽団と演奏しました。国立交響楽団は当時編成に問題があり、それに全体として、アンサンブルを上手く調えることがほとんど出来ませんでした。まったく酷い批評が「ソヴィエト音楽」に出て、国立交響楽団はメンデルスゾーンの協奏曲をソリストと一緒に指揮者なしで演奏しなければならなかったとか、かれらはずっと後ろに引っ込んでいたとかそんなことが言われました。これはわたしの落ち度だと思います。スターンはとても不満そうでした。わたしはそう感じたのです。彼はわたしには冷たく接しましたから。3年後にわたしたちはプラハで会いました。彼はそこで別の演奏会に出演して、一方私はプラハ・フィルハーモニーを指揮していました。彼は第二部にやって来ました。ラヴェルの「ラ・ヴァルス」です。彼は楽屋にやってきてわたしにキスしました。
「わたしにはあの時あなたを見抜けなかったということですね。これほどの指揮者だとは! これほど素晴らしく音楽を感じ取ってオーケストラとそれを実現するとは! 彼らはいつもスノッブで演奏したがらないってことをわたしも知っていますよ、、、」
つまり一挙に胸襟を開いたわけですね。それ以来わたしたちは大の親友です。わたしはイタリアやその他多くの国で時折彼に会いました。でも全体的に、彼はわたしの、自己形成に強い影響を与えました。多様なスタイル――様々な時代の、、、