「コンドラシンは語る」より ピアティゴルスキー
ラ:あなたはピアティゴルスキーとお会いになられたのですか?
コ:ええ、彼はわたしを自宅に招待してくれました。一緒に演奏したことはありませんが、ロサンゼルスで会いました。ロシヤ式の家です。みなロシヤ語で話しました。そこにはバイロン・ジャニスがいて――彼も面白いピアニストで比較的若い人ですが、夫人と一緒でした。因みに、彼の夫人はたしか40年代の映画スターであるゲイリー・クーパーの娘です。そして、ピアティゴルスキーと夫人、それにヤッシャ・ハイフェッツです。とても陰気な様子でした。わたしたちはおしゃべりをしていましたが、彼は一言も話しませんでした。
ラ:彼らはロシヤ語を話せるのですか?
コ:彼らはみな完全にロシヤ語を話せます。その後素っ気なく別れを告げて自分の豪華な「ロールスロイス」で帰っていきました。全体として、あまり気持ちの良い印象が残ったとは言えないですね。多分、性格なのでしょうが、付き合いやすい人ではありません。一方、ピアティゴルスキーは率直な、おそろしく面白い人で、ユーモアを交えてたくさん話しました。彼は70歳くらいです、、、 彼が晩年のエネスクと出会ったときのことを素晴らしく話してくれました。エネスクは脊髄性結核を病んでいました。ほとんど身をかがめるようにして歩いていて、つまり地面を見て頭を上げることも出来ないのです。ピアティゴルスキーは身長がおよそ2メートルあります。
「彼はわたしと話そうとしたけれど、わたしはどうすればいいかわからなかった――とピアティゴルスキーは話しました――かがむと、気を悪くするだろう、ひざまずけば、わたしの顔は見れるだろう。その時はとてもつらい体勢で、身をかがめるようにして、なんとか話をしたよ、、、」
彼はその様子をとても滑稽に示して見せましたが、でもエネスクへの尊敬を込めつつです、、、
ラ:あなたはいつか彼と演奏したことがありますか?
コ:いいえ、演奏したことはありませんし、彼がどう弾くのかさえ耳にしたことがありません。レコードできいたことはありますが、それはさておき、あれは個人的にも楽しい出会いでした。